・17の出来事





「バカな話とはいったい?」

白川照馬は思わず訊いてしまった。

藤原雄太はバカな話も含めて30万円を出したのである。

それほどの値打ちをつけるほどの話だと思うと訊かずにはいられなかった。

白川は確かに癒し屋という噂が立つほどの人物である。

癒し屋と言っても、体内のエネルギーを使って患部に気を当てると治るとか

優しい歌声で魅了するとか、誰もが思う爽やかないわゆる癒し系という男であるとか

そういう類ではない。

ただ聴くというだけの仕事であった。

人という生き物は自分というものを示したいらしく

聴いてもらいたい、わかってもらいたいことでいっぱいである。

そしてそれらを吐き出す場所があれば気が楽になる。

その場所を請け負うのが白川の仕事だった。

周りの知人や友人に話せない人が溢れているらしい。

今までに色んなクライアントの愚痴や悩みを聞いてきた。

痴話喧嘩・恋愛・自殺・依存症・鬱・家庭問題・犯罪、その種類は様々だ。

彼に支払う報酬はクライアントの満足度によって決まる。

クライアントが支払う額を決めるのである。

満足度が高ければより報酬が高くなる。

満足度が低ければ支払われないこともある。

白川は色んなクライアントを請け負ってきたが30万円を支払う人物はいなかった。

癒し屋といえども所詮は近所で愚痴話をしているおばちゃん連中と変わらないかもしれない。

だから高額な報酬はほとんどないのである。

何がプロとして成立させているか?

誰にも話せない内容でも請け負う。

その内容を一人で抱えていた人を解放する。

それが白川に報酬を払う価値があるとされている部分だった。

彼が癒し屋と呼ばれる所以である。

さて、雄太は出された麦茶をちょっと飲むと少し戸惑いを見せつつも話し出した。

「息子が17歳なんです。私にとっては大きな意味のある年齢でして…」

雄太は口をつぐんだ。白川に大きな意味という部分を尋ねて欲しいようだった。

「17歳というのは藤原さんにとってどういう?」

それを尋ねてもらうことで聴いてもらえると思ったのかまた話し出した。

「私にも17歳の時期がありました。それは当たり前ですよね…。

 私は17の時にその…、あの…」

話しにくいことらしく、雄太は何かを悩むようにして口を閉ざした。

その時、冷蔵庫横にある電話が鳴った。

白川はそれを取りに行かない。雄太の次の言葉を待っていた。

ベルは止まない。雄太は申し訳なさそうに言う。

「先生、どうぞ電話をお取りになってください」

白川は会釈して冷蔵庫横の電話機に向かった。取ろうとした瞬間なりやんだ。

「すみません…、私のせいで電話が…」

「いいんですよ、どうせくだらない電話に違いありません」

両手を横に広げて仕方ないというポーズを取って白川は席に戻った。

「話しづらい内容でしたら、無理にすることはありませんよ。

 話せる時に私は聞きます。それを話すことで逆にストレスになるのはよくない。

 何かつまめるものがあればいいんですけどね。ちょっと冷蔵庫覗いてみますか」

白川が再び立ち上がり冷蔵庫を開けて何かないか探し出した。

その時、雄太が突然話し出した。

「私は17の時、父親を殺したんです」

白川は探す手を止めなかった。

「父親は今の私と同じで酒を飲んでは暴力を振るう男でした。

 いつも母親が殴られる。私は幼い時、震えながら見ていました。

 母親の身体はあざだらけでした。酒を飲んでは暴力の日々でした。

 それでも母親は別れませんでした。私のためを思って…。

 父親は完全な飲んだくれではなくて仕事はする人間だったんです。

 でも酔うと暴れて、いつも母親が殴られて…。

 私は高校生くらいになると父親に負けない体格や力になりました。

 だから反抗したんです。母さんをいじめるなって。

 そしたら酒瓶で頭を殴られました。私はその衝動に駆られたのか

 近くにあった包丁で父親を…」

白川は冷蔵庫にあったチョコレートが大量に入った袋を持って席に戻った。

「甘いものはお好きですか?」

藤原雄太はこくんと頷いた。

白川はチョコレートの袋を開けながら言った。

「藤原さんは息子さんが17ということで何を思うのですか?」

雄太は何かを思いつめた表情になった。

白川は開けた袋からごそごそとチョコレートを取り食べ始めた。

食べだした白川はその若さで出せるのかと思うほどの慈愛に満ちた表情をしていた。

雄太はその表情を見て少し笑った。

「先生にはかないませんね。とても今日会ったとは思えない。そんな顔もするのですね」

白川は少し哀愁を帯びた表情になった。

「先生、あなたには30万円を払う価値がやはりありました。

 思うことを全てお話します」

白川はチョコレートを勧めた。

雄太はチョコレートの袋に手を突っ込み1つ取り出してそれを手で遊んだ。

雄太の体温によってチョコレートは溶け出し、形無いものになっている。

それを雄太は気にせず話し出した。

「私は望んでいるのかもしれません」

雄太は汗をぬぐっていたハンカチでチョコまみれの手を拭いた。

「息子に殺されたいのかもしれません。

 私が飲んだくれの父親を殺したように、息子に酒を飲んで暴力を振るう私を…。

 それで私はすっきりする気がするんです。

 それを望んでいる、だからお酒を飲み続け私が殺してしまったあの状況を

 作り出しているのかもしれません」

白川の心臓が高鳴っている。白川の中で戦いが起こっていた。

聴く仕事というのは親身になって聴く態度が重要である。

しかし、話す相手の立場に入り込みすぎてはいけないのである。

自分自身がそれに引き込まれて潰れるからだ。

白川は感情的になりたい、怒鳴りたいのを抑えていた。

白川の若さがそこに出ていた。

「藤原さん、あなたは家族を大事に思っている方だ。

 あなたが望んでおられることは、良いことですか?」

「わかっているんです。私も刑期を終え、仕事に就くのにも必死でした。

 罪を負うということはものすごくわかっているんです。

 私の人生は狂った。私は一つの殺人で何年も無駄を過ごしたんです。

 それを息子に背負わせてはいけない。わかってるんです…。

 でも駄目なんです。気付くとお酒を飲んで私の父親を演じているんです。

 私は同じ苦しみを誰かに、誰かに…、うぅ…」

声を震わせながら藤原雄太は涙を一粒、二粒とこぼした。

その場は静かになった。だがそこに沈黙の癒しがあった。

人が人生を振り返り涙する時、それはものすごく時間を要するのかもしれない。

沈黙の場を過ごすことで、雄太は少しずつ整理し、落ち着いて行くのかもしれない。

白川はそういう場を作るのにいい存在感を醸し出している。

それも彼の仕事の一つだった。



数分が過ぎて、藤原雄太は涙をハンカチで拭った。

そして帰りますと言い、お礼を述べた。

「先生、私のバカな話を聴いてくださりありがとうございました。

 とても気が楽になりました」

帰る準備をしている雄太に白川は申し訳なさそうに言った。

「藤原さん、あなたは何が大事かわかっていると思います。

 どうかその選択が出来るように願っていますよ」

雄太はにっこりと笑顔になって挨拶をすると辛さを漂わせている背中を向けて出て行った。

でも、見せた笑顔はその辛さを背負っても明日を生きて行く、そんな力強さが見えた。

白川は思った。仕事から来るストレスだけではなかったのだろうと。

父親を殺した時の家庭状況が現在の自分と重なって

そこを誰にも打ち明けることが出来なかった、それが大きなストレスだったのかもしれない。

彼は同じ状況を望んで無意識のうちにお酒を飲んでいるのかもしれない。

それは息子が17を過ぎるまで背負うのかもしれない。

でもそれを今日打ち明けることが出来た。

少しずつ変わって行くだろう。白川はそれを日記として書いた。







翌朝、藤原雄太が息子に殺されたことが報道された。